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2012,08 02

[ネタバレあり]-映画評-おおかみこどもの雨と雪


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続いてネタバレあり編。

自分のこの映画に対する全体としての感想は既に前のentryで書いた通りなので、こちらでは読者は既に映画を「観た」という前提で、もう少し細かい部分を抜き出しつつ、具体的につっこんだ話をしていきたい。

本作は映像、音、キャラ、そしてストーリーとが全て高いレベルで調和して構成されており、それによって「いつまでもこの世界に浸っていたい」と思わせる作品に仕上がっている。

なのでこの映画を面白いと思えるかどうかは、このシチュエーション自体を違和感なく受け入れられるかどうかに、そこに全てかかっているのではないだろうか。
その為に、観客一人一人をその心情にまで持っていかせる為に本作では、それは自宅の本棚の中の文庫本のチョイスにまで工夫がなされている程、かなり細部に渡って徹底的にリアルにこだわっている。

そして、それは"死"に対しても。

「生と死」はいつも常に隣り合わせなんだよ、という身も蓋もない、しかし普段我々が生活している中で忘れてしまっている現実を、作中でこれでもかという程見せつけて来る。

その中でも特に印象的なのは、冒頭のおおかみおとこの突然の死のところと、もう一つは終盤の、花が雨を追いかけて山を探索している最中に熊に出くわしてしまう場面。

あんなに強そうに思えたおおかみおとこが、何気ないふとしたきっかけで、一瞬でこの世からはすぐいなくなってしまう。
それは我々の平穏な毎日の中にも、常に死は隣り合わせで内在しているという事を、改めて身につまされて思い知らされる。

花も、熊に遭遇した瞬間に自らの死を覚悟した。結果何とかたまたま危機を回避する事が出来たが、あの場面でどちらに天秤が傾くかは、もう全くの運でしか無かった。
そして、息子の雨はこれからこんな危険だらけの世界で独り立ちして生きていくんだという事も、そこには同時に汲み取れる様になっている。圧巻。

この生きるか死ぬかというサバイブ的な問題は、何もこうしたインパクトのあるシーンだけではない。
女手一つでおおかみこどもを抱えながら育てるという、その生活全てにおいて、命が掛かった局面は常につきまとって来る。
これは決して大げさな表現では無いという事は、本作を観てきた人ならきっと分かってくれるはずだ。

だから生き残る為に、よりよい場所を求めて、花は当初暮らしていた都会のマンションから逃げる様に、一転して辺鄙な田舎に疎開する事を決める。

しかし、そこもまた、この家族が生き易い土地では決して無い。
そこの田舎に永く住んでいる村人との対応を一つでも間違えたら、ワンミスでアウトな場面はいくつもあった。あんな長閑な片田舎が、主人公達の命運を分つ舞台になるなんて、思いもしなかった。ここでも設定の妙がかなり活きている。
本当にハラハラドキドキで、一つ一つのやり取りを手に汗握りながら一時も目が離せなかった。

あとは"匂い"だ。

映画という性格上、観客はこれについてはどうやっても感じようが無いので、普段そこに意識は向けない。
しかし、物語の中で草平が雪の匂いについて言及しているところを一つ入れる事で、今まで無かったその世界の中に確かに「あるんだ」という現実を我々に突きつけてくる。
ゲロを二回も吐く場面を入れているアニメを今まで観た事がない。
この辺も本当に見事である。

しかし一方で、現実を描いてるというその割には作者の理想の押し付けが結局は出てしまっているんじゃないかと言いたくなる様な、何カ所かひっかかるところもいくつか出て来る。

その一番大きな部分がココ。

『おおかみこどもの雨と雪』(細田守) - Devil’s Own −残骸Calling2−

お母さん偉いと思っている人が「お母さんが偉い」というためにつくったような映画。正直、ここまでとはおもわなかった。いくらなんでも母親にすべての役割を押し付けすぎている気がするし、それを美談のように描かれてもやっぱりいたたまれなかった。


映画『おおかみこどもの雨と雪』の母性信仰/子育ては1人では出来ません - デマこいてんじゃねえ!

ところが、それらの問題はヒロインの「強い母性」だけで解決される。

おいおい、そりゃねーだろ、と。

本当なら「妊娠したかも?」と気づいてから「よし産もう」と覚悟を決めるまでに、それなりに葛藤があるはずだ。まして人ならざる者の子だ。産んでから苦労するのは目に見えている。堕胎を考えたっておかしくない。しかし、作中でそういう苦悩は描かれない。


他にもこれらと同様の、つまりは「花がスーパーマッチョな母親過ぎて全然感情移入が出来ない」という意見はネット上で感想を書いてるところのあちこちでいくつか見られた。が、しかしここで注目すべきなのは、物語の主人公は母親の花であるのだが、その物語自体はあくまで「娘の雪が説明している」体で進んでいるという演出が施されているところである。

あれは娘の雪から見た、母親の花の印象なのである。雪にとっての花はいつも笑顔で強くたくましい存在なので、内面の葛藤もまるで無いかの様に見えるのだ。

だからあとは田舎の村人たちが皆いい人達過ぎるだとかいう問題も、それら全て子どもの目線で回想しているのだと処理すれば、基本的には解決する。まさにあっぱれな構成&演出である。

まあ2時間の上映時間の中で全ての不具合を無くし辻褄を合わせようとしても、それは実際なかなか難しいだろう。と、制作サイドの身にもなって少し考えてみる。
それでも既に十分過ぎるくらい面白いのだが、しかし欲をいうと更にまだまだもっと掘り下げていってもらいたい。
物語の骨組み自体がかなり強く、そんな事ではストーリーの濃度は全然薄まらないと思われるので、私は個人的に4時間でも5時間でも、この物語の世界に入り浸っていたい。

例えば、更にこんな視点も交えながら。

ネタバレ『おおかみこどもの雨と雪』評 - ハックルベリーに会いに行く

これが子供たちの視点で描かれていれば、母親のダブルバインドに苦しめられていることをハラハラドキドキしながら見守り、最後にそこから逃れて自由を勝ち得た時、「良かった良かった」とカタルシスを味わえたのに。


この方向性は、おそらく制作側は全く意図していないものであるとは思うが、しかしとても面白い視点だとも同時に思う。これらの要素を絡めて、もっと複合的かつ立体的に「子育て」と「子離れ」の二つのテーマを浮き彫りにさせて欲しい。それだけの手間をかけるに値するだけの題材だと思うから。

前のentryでも書いたが、本作は淡々とした日常を描いている作品なので、基本的に観客自身で行間を読む力が必要とされる性質を持っていると思われる。
自分の身と照らし合わせながら、共感したり想像を働かせる事で実に多角的な見方が出来るし、だからこそ観終わった後のこうした感想を発表するのにもとても最適な、何回噛んでも色んなところから味が出てという様な、とてもお得な作品なのではないだろうか。

特に自分は人とはちょっと違うとか、マイノリティの意識を心に持っている人ほど、この作品をより楽しめる気がする。

という訳で、この「おおかみこどもと雨と雪」は自分的にとても大満足の出来だった。

が、最後にほんの少しだけ、ダメ出しという程でも無いが個人的に気になったところを、いくつか挙げて本entryを締めくくる事にする。

・おおかみおとこのキャラがあまり描ききれていなく弱い。だから最終的な死因も、うやむやになっている。
・ゴミ収集車で死体を処理するという演出は、いくら何でもあざとい過ぎる。
・最初の収穫を軽トラなしで運びきれるのか。
・草平の精神年齢高杉。

そして、結局おおかみおとこって何歳だったのだろう?

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