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2012,08 12

蓄積→表現? 表現→蓄積?

私も十四、五歳くらいの頃から、これはずっと「座右の銘」にしてきた。

だから自分がある作品を見てそれが素晴らしいと感じた時には、これは自分にも絶対に作れたはず、作れない訳が無いのだと、それを愚直に信じてやってきた。
そして、何より多くの人の記憶を掬い上げて、それにより生まれてきて良かったと思わせてくれる作品が、つまりは良い作品なのだとも思っている。


黒澤明監督の「羅生門」の終わりのほうにも、こんな印象的な台詞がある。

「真実とは、所詮、その人が真実と思いたいものにすぎないのではないか」

という一句である。

そして、この考えを更に発展させれば、人は真実と思いたいものを記憶し、その記憶から自分の思う「真理」を表現している、という事になる。

とても尊い行為だと、私は思う。
だが、思うと同時に、しかしここに大きな落とし穴が二つあるとも考える。

まず一つ目。表現というのは、自分の中からのみ生まれてくるものなのだとしたら、出来るだけ記憶、経験を蓄積してからの方が、結果より良い作品が出来る公算は高くなる。

では、最初の一歩は一体いつ、どこから踏み出せばいいのか?

芸人の立場に落とし込んでいうと、当然みんなウケるネタを演りたいが、しかしその為にはまず何より舞台の上に立つ必要があるし、そしてそこでは十中八九まず、スベる。
経験を積んで、面白いネタを見てもらうには、まず未熟で面白くないネタを見てもらわないといけない。しかし面白く無さ過ぎると、まず舞台にも立てないし、立てたとしても評価は低くなるので客にそっぽを向かれて、もう次からはネタを見てもらえなくなるというジレンマ。卵が先か鶏が先か。

インプットがアウトプットを生み、そしてアウトプットがインプットを更に蓄積させるまでに至る過程の、つまりはインプット-プロセス-アウトプットループのコストはどれくらい見積もればいいのだろう?

特に日本では、下手なアウトプットを貶す傾向が強いように思う。
出過ぎた杭にはみな「長いものに巻かれて」くれるが、多少出てるくらいでは一斉に「叩いて」くる。これでは一回一回のアウトプットがどうしても「大物狙い」になってしまう。
しかしこういう国民性なのにも関わらず、「地道にコツコツ」を尊ぶ文化も同時に日本にはあるので、結果的にそれを真面目に守ってる人ほどあまり報われず、馬鹿を見ているという空しい現状があるのではないか。

そして二つ目は、「自分の思う真理を表現している」のだとしたらそれはニーチェの言うところの、「良い」を定義するという、「権力闘争」そのものである。
意識的にしろ無意識的にしろ、好むと好まざるとに関わらず、表現をするというのは、本質的に権力闘争のゲームに参加する事を意味する。

そしてその心理は、自分には理解不能の、異なる「良い」を持つ人達にだけ向けられるものだとは限らない。


これは、こうも言い換える事が出来るのではないか。

あなたが忌み嫌う人は、あなたの記憶の中にある何かがそうさせているのです。記憶の中にないものには忌み嫌わないのだと知ってください。

全く正反対の意味になったが、しかしこれが一般的に「負けず嫌い」といわれる性格の意外な欠点、弊害だと私は考えている。


このツイートは、小山田圭吾における人間の研究 - アンドロイドの夢を読んだ時につい感情的になって過剰なまでに書いてしまったものだけど、負けず嫌いは、これらいじめにも確かに繋がっている心理なのだと個人的に凄く感じている。
そして私自身の心の中にも、ここに書かれているいじめっ子の感情の部分が少なからずあるが故に、思わず反応してしまったというのは、正直に認めざるを得ない。

人の人生は長い「線」で出来ているが、他人はそれを「点」だけ見て簡単に評価してしまいがちになる。

だからこそ、負けず嫌いもいいけど、まず自分が今、何処の位置にいるのかを知る事が一番大切だ。
自分の身の程も計らず、また相手の力量も見極めずに勝負を挑むのは、イタいを通り越して最早相手に対して失礼だし、ハッキリ言って迷惑でしかない。もしかして取り返しのつかない事にもなるかもしれない。勿論これは自戒も含めてだが。

結局のところ、自分にあった歩調で、しかし自分がまだ歩んだことがない道を歩いていくしかないのだろう、というのがこれら二つの問題点に対する今のところの私なりの答えだ。

そして貶しに対しての付き合い方は、冷静に自己分析が出来ていれば、それらはそんなには気にならなくなるはず。
これは頭では分かっているのだが、まだまだ自分には煽り耐性、スルー力が足りないので修行が必要だなあ、と冷静に自己分析してみる(笑)外野の無責任な声にあまり惑わされない様に。

他人の点を見ればそこから線を想像し、己の線は点にまとめて作品に昇華していく。

表現の見方、やり方ってそういうもんだと思ってる。




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